ESPの心を永遠に Part.4

 
自我意識は心を小さくする
 
私はどこの指導会でも終わりの一斉送念の後の言葉に「明るく大きな心で頑張りましょう。
楽しくなります」と言っている。なぜ、同じこの言葉を繰り返しているかと言えば、
「大きな悠揚な心」の所にしか幸福の仕組みは流れて来ないからです。
難事となれば殊にこの大きな心になることが必要です。
一端窮すれば明るい心も急に暗い深淵に落ち込み、益々どうしたら良いか分からなくなる。
これではいけないと分かっていてもだ。四年にもなるだろうか。
私は「難事は良い事」の標語を作った。
何も考えないところにいきなり飛び込んできた熟語である。
旬日にして、佐賀県武雄の講演会で千数百人の人に「難事は良い事」と唱え、三十
数えなさいと言った。
直ちに心境を問うたらやはり心が大きく開けたと言う。皆満足の表情であった。
「難事は良い事」の標語は多くの人に歓迎され、この言葉が土壇場を救い、事業の流れ、
客の流れを大きく変えた。その嬉しい体験の数々にままならぬ世相がこの一節の言葉で
明るく変貌するとはまた楽しいではないか。
切々たる意欲が満々でこれ以上の人生の道があるのだろうか。
思うことが思うようにならぬ世の中だが真実の世の中は成るようにしかならない世の中

である。「そう思えば結果は成るようになっている」。これが大きな心である。

この心になれば良い。もちろん、この発想は分かっているがその境地に易々となれる
ものではない。なぜだろう。私の概念だが、教育も大事だ。
今は普通になった大学の学究もよいだろう。しかし、今ではその学識もただの最高レベル
(人造人間?)枠内の窮屈なプライドを楯にした小さな淋しさを誘う。
しかしながらそのプライドを人の心を楽しくする思いやりに発想即行動の明るさを
加えれば、これこそ最高学府出身の価値が現われ、頼りになる人と思われる。
思いやりは大きな心である。また、無理な学問に呻吟するより、沈思黙考するよりも
朝から思う通り順序よく行動したらどうだろう。昼頃、自分に振り返ったら明るい、広い心に
気づくであろう。これが大きな心である。人生の幸福へのスタートは朝の起床時から
始まっている。思った事を順序よく行動しなさいと重ねて言います。
指導会ではこの一言に人生の条件が集まっていますので私は、全身全霊を会場すべての
人々に捧げております。
知識人、文化人の人達は教養も無い馬鹿人間の戯言と一笑するであろう。
それも心の無い人間社会から見れば当然である。
否、教養にこだわるから、知識、経験に執着するから難事にいったん遭えばニッチも
サッチもできなくなる。心が益々小さくなる。
これではどんな事をしようとも経路不透明である。今なぜ私はこの事を激しく言いたい
のか。経済界は不景気の波乱で騒然としているからです。
しかし、いつも言う通り、人間の心の世の中には誰でも楽しく生きられる完全なる命と
暮らせる素晴らしい仕組みがあるからです。それが私にははっきりと分かります。
その絶対的な人生の仕組みから認められるには、「成るようにしかならない。
しかし成るようになるんだ」 これが大きな心です。この心で起床から湧き出る思いを次々と
行動に移しなさい。これで本当に難事は良い事に知らぬ間に変わってきています。
 
ESP器具には心がある
 
私が造ったその器具の一つ一つには心があるという。
それも人の苦痛を変えるばかりではなく、仕事の願いにも不時の災難にもあたかも
生ける神の如き救いを見せるという。
もう既に数万のESP友の会員は守られ、救われ、体験しておられるので今更私が斯く
申しても不思議はなく、有難き常識になっているようだ。
しかし、初めてこの記事をご覧になった方は、私を狂人扱いどころか、これからの記事も
お読みにならないのではないかと思う。
それも当然のことと思うが、先程申した数万のESP友の会員さん方は大なり小なり
体験し、恩恵を受けておられる事実を思えば、初めての方であっても心が動くと思う。
しかも、このま心新聞はESP友の会会員の機関紙であり、毎月二十五万部も発行して
いて、ESP器具での体験記も毎月数多く載っている。
それなのになぜ今となってもESP器具の事を新聞の社説とも言うべき「今月の言葉」に
書かざるを得ないのか。熱心なESP友の会員さんには申し訳ないが、ESP指導員や
友の会の協力員のお方がESP器具の素晴らしさや、持っているだけで急場が救われる
喜びを初めて知る人に伝え歩いても無関心な人が多いため、やむにやまれず書いている。
ESP器具のその偉大さ、尊厳は人の心と行動を見通し、本当に生きた神の如き救いを
見せている器具であり、その心ある器具を凡人の私が授かり造ったわけである。
私は有難さに身の置くところもないほどである。
私の生死はいつも私の念頭にはなく、世界の人々がこの器具を持ってこそ人生最高の
喜びであることを理解してもらうべく、日夜懸命に行動しているのである。
重ねて言うとESP器具一つ一つのすべてにはあなたの心を育て、あなたの生活を楽しく
する心が入っている。そして器具の心はあなたの発想即行動ではっきり守護の現実を発揮
するのであるが、ESPは絶対宗教ではなく、宇宙の心とあなたの心の融合であり、あなた
の願いがこの器具によって動き出すのである。
とんでもないことを言うようだが、宇宙には天体を創り、地球を創り、地上の生物を悉く支配
する心がある。その宇宙の心はESP器具によって細部の動きやその事実をあなたに教え、
あなたの行動を支えるのである。
九月十九日の名古屋指導会後のヒルトンホテルの友の会員方との夕食会では皆様との
感謝の握手のため、四十席ほどのテーブルを回った。
その席で明るく親しみやすいご婦人が額 (ESP法人友の会員証が入っていた) を
見せながら、「先生、法人会員に加入したらたちまち業績が向上しました」 と言われた。
私は嬉しくてお返しする言葉もなかった。
農作物はESP器具のみで無農薬で害虫駆除もでき、無肥料でも最高の育成、梨も桃も
素晴らしい甘味、漁でも小石にシールを貼って海に投げたら豊漁の便りが届く。
私は、「こんな物でそんな事ができたら誰も苦労はしない」 と笑うだけを昔から嫌というほど
見てきたが、やって駄目だったら止めても遅くない。だができないのが人間古来の習性。
良いことを聞くとすぐやる人、聞いてもやらない人、両者は二十一世紀には大きな格差が
出るだろう。人間の教えにあまりに忠実だと世相が厳しく見え、世渡りが用心深くなる。
これではこれから益々暗くなり苦労するであろう。初めての人に告ぐ。一度私の指導会を
覗いたらどうですか。ESP器具のお勧めは絶対しません。
すべてはあなたの自由であり、また無理をされたらESPの指導力は通じないのである。
やるもやらぬも自分のためなのである。
理解できない解明不可能なのがESP(超常現象)であり、本当の超能力の領域である。
そこには想像もできない本当の人間社会を現わす心の世界がある。
有史以来、心の持ち方は教養を積み、座禅等で厳しく修行するものであった。
ほのぼのと美しい想念の彼方にあった。これでいつかは何とかなるであろうと言う。
しかし、私が懸命に指導会で説くのは思ったことを即行動に移すのがま心であるという
ことである。つまり最初の本から一貫している発想即行動がま心である。
だから旬日も待たず、時を越えて結果が出る。これほど生き甲斐の行動がどこにあろう。
人は何と言おうとESP器具にはその心が結集されている。
だから器具があなたの心を現わしているのである。
 
太陽の心、宇宙の心は天地人の仕組みでわかる
 
最近目立って毎日の新聞、テレビニュースなどで報じられる世界の激動、その動向が
全人類最後の願いである世界平和に向かって、競って懸命の努力を続けている事は
誰でもよく知るところであろう。
それも一昨年の誰が唱え、誰が命令を下したかも知れぬ東西ドイツの壁崩壊以来、
湾岸戦争であれだけ豪語したイラクがいざとなったら戦闘爆撃機はイランに持って行き、
戦車は砂漠に埋めたという奇妙な戦争、そして今、欧州数十カ国がEC共同体結成に
向かって必死の努力を続け、ことごとく成功の兆しが見え出した。
こんなに世界が激しく揺れ動き出すとは、世界中の誰も予測しなかったであろう。
しかし、その発端が全人類の願いである 「平和と幸福」 であると言えば、それが心の
頂点でなくて何であろうか。
だが人間誕生以来、人間の行動は原始人の時代から今日現在においても見覚え、
教えられたもの以外、そしてその枠に嵌めることのできない理解不能なものは、どんな
素晴らしい現実でも馬の耳に念仏で受け入れようとはしない。
それでも、二十世紀中頃までは、人間の生活はあまり窮屈なものではなかった。
ところが半ば過ぎから人間の使命感を無視した忘却の物知りの如く、唯物教育は極限を
迎え、科学の発達は素晴らしく、また目ざましい。
半導体の発明は人手を不要にし、この半導体技術はやがて超伝導体技術に移行する
であろうが、その前に当事者の頭脳に情緒障害が襲わなければ良いが。
激烈な企業競争でそこまで考える余裕もないだろう。
十年前、いや二十年前までは日本の医学は世界最高の発展と言われたが、今は誰も
言わない。その割には生命の危機に直面している病人があまりに多いからだろう。
こう言い出したら正月早々、暗い不安材料ばかりで皆様に申し訳ない。
しかし、この事を述べなければ、今までの心の啓蒙教養は美しい想念の彼方のままで、
人間が知恵を絞って作った過剰教育や人間の働きを無視した便利過ぎる生活に
埋もれてしまう。科学は使命感を忘れてしまった。
宇宙には太陽がある。そもそも太陽組織である恵みは、地球を創り、地上に動物を創り、
動物には命を与え、心を与えた。
最高動物である人間には、私には説明できない、形容できない心を与えたのである。
だが、私なりに、その影も形もなくどこにあるのか分からないその人間の心を発見できた
ことは、人間の学術、科学では到底不可能なことを可能にする。現実は事実である。
発想(ひらめき)を無意識的に行動に移せば、思ったことが思った通りになる。
言わば神様しかできないことが、すべての人にできる。
無意識、直感的行動が、即現実となる。それには邪念の一掃が必要である。
三十数えなさいというのがそれである。
そして即、体を動かすこと、そうすれば俗念の入り込む隙がないからである。
また、私は太陽の心は宇宙の心と思う。
なぜか、宇宙には数億の惑星、衛星があり、その動力には整然とした軌道があって、
太陽を取り巻く地球の仲間達も同様の軌道を持ち衝突の危惧もない。
特に我が地球たるや見事な組織で成り立っている。
太陽の光の下、地球を構成する生物の生存条件は巧妙であり、その中の人間生体の
流れは、唯物思考の医学では到底すべてを解明することは不可能である。
なぜ不可能なのか。人間には他の動物にはない心が、あるからである。
生命倫理を人知で解こうとするから分からないのである。
心は形がない。身体のどこにあるかも分からない。修行や信仰でもはっきりはしない。
唯ほのぼのたる自己満足だけではないだろうか。
太陽の心の分身が人間の心である。
だからこそ、雄大な心、意欲に満ちた心になれば思うことが思うように展開する。
地球創造の親、太陽。この太陽の心は、二十世紀初めてこれを基礎にすることによって
心の行動を起こし、これからの人生を大改革するだろう。
二十一世紀は心の時代である。一昨年からの世界の激動を思えば分かる。
ESPの私の指導も、昨年一月から皆様との公約通り心の指導を続けている。
この人間の心の行動の成果は、これから何億年になろうとも絶対に変わることはない。
人間の生存の目的は、健康な身体を持ち家庭も豊かで楽しく、また「人類皆兄弟、仲良く」
暮らすことであり、これが同時に幸福の条件でもあるのだから。
更なる私の公約は、難病をなくし、事業を心の行動に移すことである。
頑張りましょう。