最後の超念力 第三弾 Part.3

 
ESPの超念力で病気を治す事は、この底力を知る手段である
 

人が一番困るのは病気、二番目は貧乏である。これを治し、救えば人は頼ってくる。

今もなお、世界の人々の信仰の尊厳の頂点である釈尊やキリストでも、人を歩かせ、
盲目の人を治したという、何れも同じである。
人が人を頼り、支えにさせるのだから、先に述べた通り、病苦を治し、悩みを救わな
ければならないのである。他に立教を成功させる手段はない。
ESPも世界の人々の幸福を念願としているから、世界人類五十億人を対象にしている。
このESPも人々にこの力を判ってもらわねばならない。
宗教と違ってESPには教理とか教典はない。

これではESPとは何であるかは説明できない。

できることは幸福になるための事実である。
すべて指導できること、指導できても結果に満足できる事実がなければならない。
その事実も、あれができて、これはできない、というような事では頼ってこられる人は
不安でならない。本当に未知の世界や天の世界の力でなければならない。
人間の知能でもない、技術でもない、ESPの力も私の力でもない。
一瞬にして高次元の力を授かったのであるから、自分の業、術とは少しも思っては
ならない。だからどこの講演会でも五十人であるならば五十人殆どと言っていいほどESP
は凄いと満足してもらわねばならない。どんな病気であろうとも快くすることができる。
この時の私は自分の力ではない、授かった神の力という信念だけしかない。

病気に応じて、現代医学の常識で治療しているのもそうだから行うのである。

しかも、手技などは一切無用、想念で身体の状態を説明しながらである。
このESP念力には、表もなければ裏もない、まったく無の想念である。
病気治療は、このESPの存在感を体験で理解をしてもらう手段である。

これだから商売、事業に現われる。事実は人の心を揺るがすのである。

幸福の中核なればこそ、人の命と暮らしにESPは全展開し、生きる悦びの明るい大きな
人生の輪ができるのである。人間は気ままである。
どんな素晴らしい幸福の辻説法も物質文明の現世では通じないだろうが、これは説法
ではない。あなたの願いを事実で現わし世の中にこれ以上のものはない。
人に何と思われようと、ESPを評価されようと、所詮人間の知恵の範囲だから当然で
ある。だから気にもしない。しかし、どのような自己主張に凝固され、人の話に聞く耳を
持たぬ人でも、心の奥底には人間本能のま心がある。
ま心は無意識の中に善意の行動となって現われる。
これが判るESPだからである。ハイテク科学者の中にも二十一世紀は心の時代だと言う。
心の時代とは何か、どうすれば良いのか、今更修身の復活でもあるまい。
教育されただけの心は何の力もない、乱世の風に抵抗力もない。
なぜならば人間の教えであるから、人と人との交流では教育の上下、教養の優劣が
どこからともなく顔を出す。これでは人間の調和が取れようにもない。
それは意識的行動だからである。
しかしながら 「天網恢恢疎にして漏らさず」 天は心の世界を創り始めた。
先の正直者が馬鹿を見ないですむ世の中になる。心と科学の調和の二十一世紀である。
 
 
人々の生活の中に、神は実在する
 
ESPの人達は、大なり小なり、間一髪の危機を救われている。
私には不思議でも何でもない。別に神にお願いしなくても、救われている。
ESPの神の心は、力を交流させたESP指導テープを聞くことで、自覚しなくても生活の
中にあって、行動によって、その事実が判る。なぜか思わぬ良い事が起こるからと言う。
ESP指導テープには神の心があると言ってよい。
カセットテープに神の心があるとなれば、無用の人は一笑するだろう。
聞こうとも思わないで批判する。そんな事は逆立ちしてもあり得ないことだからである。
当然、常識では想像できない。それでも、このESP指導テープを聞いて、神様だけしか
できないことができたら、それでも否定するだろうか、ESP指導テープは全国に百万本
以上出ている。効果がないと言う人は殆んどいない。
それより一日でもテープなしでは暮らせない人が多くなった。
 

神はあなたの過去や未来をみんな知っている

 
ここで大阪にある食品会社の例を紹介しよう。
平成元年十二月二十八日の仕事納めの日のことである。私の事務所に電話が入った。
内容は十二月三十日の手形の決済が三百万円足りないので念力パワーでお金ができる
ようにしてほしいとのことだった。
もう土壇場にきていたので、「成るようになるから、また駄目であればその時は、その時で
よいでしょう」と、強く言ったら本人もどうやら落ち着いたようだった。
年が明けた一月五日である。
例の社長から電話があり、暮れの手形決済のための三百万円不足の件は結局不渡り
にはならなかったそうだ。その興奮した強くて早い口調は、奇跡を語るに充分であった。
理由を聞いて、正直私も驚いた。
五年前に焦げ付き、すっかり諦めていた千五百万円の金が知らぬ間に入金になって
いたというのである。このところ二年前から請求はしていなかったという。
これが神は過去のことを知っている、と言うことだ。それしかない。
またそれ以外のことを考えてはならない。
ESPのま心の社会には、人間の常識以外の大異変が起こる。
それも良いことばかりである。神はあなたの未来も知っている。
人間の希望は同じである。幸福であること。
また神の教えの通り、行動すれば誰でも幸福になれるのだ。
あなたが幸福になる方法、あなたの幸福の道は、生まれた時から定められているのだ。
私がこう言えば、大反論を受けるであろう。その反論を総身に受けても、堂々と理解を
得る根拠がある。誰でも理解できるよう、やさしく説明しよう。
人によっては、善意を尽くして、人のため、努力しているのに物心ともどうして報われない
のかと嘆く人も多い。それはあなたばかりではない。
だからあなたは悩む必要はない。なぜなら、あなたは人に教えられた道を歩いている。
人に教えられた道は人々の往来が激しい、行き先は混雑で判らない 。
人間の教えは立派でも、あなたの性格に適しているとか適していないとかどうして
判るのか。思う通りにならないからである。
思う通りにならなかったら、ああしようか、こうしようかと考え迷う。
世の中が厳しいと言うのはそれだからである。
今更私が言わなくても、判り切ったことであるが、しからば幸福の早道はどうすれば
良いのか。前述したように、あなたの道は人ではなく神が定めている。
この道は思い浮かんだことを迷わずに唯一筋に歩けば、あなたの目的に達するので
ある。発想を順序良く行動すれば、発想は神の教えであるから、神はあなたを信じる。
ESPで運命が百八十度変わるのも難しいことではない。
教育、研鑚は極限を超え、精神文明は心の存在を忘れ、世相の操縦をいかに上手に
するか、人為的に人間界を創ろうとしているのである。
人間の知恵の自信過剰のプライドに調和は難しい。人間の倒錯は狂気をも生む。
これが世界人類は個人的には平和で、親密であるのに、国家権力者ともなれば、
識国家意というか、強い防衛論者となってしまう。
国の発展はよいが、戦争道具は不要ではないだろうか。
本当の平和の近道は”心”である。国際社会だ、世界は本当に兄弟である。
ロサンゼルス、ハワイ、韓国、イント゛ネシアなどの国々で病苦に悩める大勢の人を
施療した私は、まるで外国にいるのを忘れて、共に喜んだ。
言葉の交わりはできずとも、心から楽しかった。
韓国ソウルの国立劇場での講演会は二階、三階とも多くの人々が埋め尽くしたたが
あの時の満場の歓喜の興奮は今も、楽しく蘇ってくる。
講演会t終り、ソウル市内の大きな料亭に招待された。新聞社の社長、経済界の
有力者ら二十数名の歓待を受けた。その時頂いた言葉に感激した。
「先生はいつでも来て下さい。誰よりも一番歓迎しますよ。」
その言葉に嬉しくて涙が出た。
私が世界の主要二十ヶ国にESPのま心で人々に接したならば、本当に世界平和の
原動力となれるだろう。今でも世界の人々の喜びが目に浮かぶ。
インドネシアのジャカルタでの講演会は、宗教も超えて、イスラム教ナンバー2の
事務総長が熱心に応援してくれた。
会場は七百余名の人たちで満員、講演を始めて二十分くらい経った頃、突然会場から
大きな歓声が起こった。
最前列に車椅子に乗った人が二人いたが、その人が施療もなにもまだしないのに
二人共、自力で歩き出したのである。
そして暫らくした時今度は会場の後ろの方でどよめきが起こった。
失明の青年の目に突然、視力が戻ったのだ。
このようにして、インドネシアでの講演会は大盛況は言うまでもなく、講演終るや、
「いつ帰るのか、今度はいつ来るのか」との質問の応答に嬉しかった。
あれ以来、イスラム教の事務総長が、ESPのパワーで病気が治せるので、大変に力を
入れていて、エスパーシールが大活躍しているとの電話があった。
ESPで病気も快くなり、生活も楽しくなってくる。
身体の痛みは、二分とかからず治る。これでは世界の人々が喜ぶはずである。